優れた企業は、流行に流されない
大手のスーパーなどの菓子棚から、最近やたら白黒のポテトチップスの袋が目につく。(*徐々に前のパッケージに戻りつつある)
カルビーが2026年5月、主力14品目のパッケージを白黒2色印刷に切り替えると発表した。ホルムズ海峡封鎖に端を発したナフサ不足が
印刷インクの調達を直撃し、同社は「商品の安定供給を最優先に、地政学的リスクを含む事業環境の変化に機動的かつ柔軟に対応する」
と説明した。
この判断を聞いたとき、私はある種のCalbeeらしさを感じた。ブランドの「顔」とも言えるパッケージデザインを切り捨てる。
そこには、本質を見極める企業の体力のようなものが滲んでいる。
カルビーをめぐっては、もう一つ同じような話がある。それは人事制度の話だ。
大手企業の多くが「ジョブ型雇用」の導入にトレンドの如く、舵を切っている。職務を先に定義し、そこに人をはめ込むという欧米型の
人事モデルでここ数年で急速に広まった。横並びの人事慣行を変えたい、グローバルスタンダードに合わせたいという経営判断が背景にある。
しかし、カルビーは、その流れに乗らなかった。今年4月、約17年ぶりとなる人事制度の刷新を発表した際、
同社のCHROはこう語っている。「ジョブ型の流行りに乗る気はなかった。会社の成長に本当に合った人事制度を作りたかった。」
この言葉の重さは、表面だけ読んでも伝わらない。ジョブ型という制度は、仕事が「先にある」という前提で動いている。
ポストが定義され、求められるスキルが書き出され、人はそこへはまるように採用される。シンプルで合理的に見える。
しかし日本の現場では、その順序が逆になる。人が先にいて、仕事はその人を中心に形成されていく。誰かが休めば周囲が補い、
気づいた人がやる。担当外でも手を差し伸べる。この相互補完の文化が、長い間、日本の職場の強みを支えて続けている。
カルビー自身が、そのことを体で学んでいる。制度の刷新にあたり、人事チームは2年間かけて全国の工場や支店を歩き回り、
現場の声を聞き続けた。最初、彼らは「挑戦する人材」という言葉を掲げて現場を回った。
しかし、工場の製造ラインで働く社員たちの反応は冷ややかだった。「ピントがずれている」という空気感だったという。
それが事実だろうと思う。ポテトチップスを作るラインで日々価値を生んでいるのは、「いつもと違う機械の音」や「わずかな形状の変化」に
いち早く気づく感覚だ。それは「挑戦」や「イノベーション」とは別の言葉で動いており、地道であり、継承であり、注意深さである。
人事チームはここで立ち止まり、聞き直した。そして最終的に「地道な努力や工夫・改善を積み重ね、価値を未来へ引き継ぐ人財」という
言葉に辿り着いた。それは、現場が「自分たちのことだ」と感じられる言葉。
人事制度は単なるルールではない。「何が価値ある仕事か」を組織全体に伝えるメッセージだ。
ジョブ型を導入するということは、「定義されたジョブを完遂することが価値だ」というメッセージを職場全体に発信することになる。
するとじわじわと行動が変わる。「それは私のジョブではない」という言葉が生まれ、気づいても関わらない文化が育っていく。
ジョブ型が、日本でなかなか根付かない最大の理由は、「仕事とは何か」についての根本的な理解の違いにある。
制度やスキームは海外から輸入できるが、仕事観はそう簡単には輸入できない。
カルビーはその違いを2年間の現場対話を通じて、” 自分たちの言葉 ”で理解した。
優れた企業というのは、流行の言葉を使いこなす企業ではなく、
流行と自社の間にある距離を、きちんと測れる企業のことを言うのかもしれない。