社会保険労務士として20年以上、中小企業と向き合ってきた。
その間、世間では主に助成金を武器に年商1億円を超える社労士事務所も生まれた。一つの選択として、それは理にかなっている。
経営者に喜ばれ、数字も上がる。だが、私はその道を選ばなかった。
🔳助成金と、私がやっていることの違い
助成金は企業の「今」を支える大切な制度だ。活用することで経営の安定を図り、雇用を守ることができる。
それは紛れもなく意味のあることだと思っている。
一方で、かつて岸田政権が掲げた「三位一体の労働市場改革」〜リスキリング支援、職務給への移行、労働移動の円滑化が示すように、
時代は人手不足を背景に、「人材の流動性」と「学び直し」を企業に求める方向へと動いている。目の前の安定を確保しながら、
同時に組織の中長期的な体力をどう育てるか。その両立こそが、これからの経営者に問われていることではないだろうか。
私がやっていることは、その「中長期的な体力づくり」の部分だ。MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を組織に浸透させ、
採用から評価制度まで一貫した価値観の軸を作る。人が会社の向かう方向に共鳴して自律的に動く。そういう組織の土壌をつくることが、
私の仕事の核心だ。
社労士がこういうことをやっているのか、と思われるかもしれない。ただ、労働法における不利益変更等の知識を持ちながらコンサルを
する。コンプライアンスを遵守した土台の上で組織に向き合う。これは社労士だからこそできることであり、経営コンサルタントとは、
異なる強みだと思っている。
🔳「社労士」という肩書きの呪縛
正直に言う。「社会保険労務士」という肩書きは、こうした仕事の伝わりやすさにおいて、障壁になることが多い。
社労士と聞いた瞬間、相手の頭の中では「社会保険や雇用保険の手続き」「助成金」「年金」というイメージで完結してしまう。
どんな肩書きを後ろに足しても、最初の「社労士」がすべてを支配する。
それでも私はこの資格を誇りに思っている。法令の知識と現場感覚を兼ね備えた上で組織の本質に向き合えること。
その良さがまだ十分に伝わっていないのは、社会全体の認知の問題でもあり、私自身の発信力の問題でもある。
🔳刺さる相手は、最初からごく少数
このような話が響く経営者は多くない。それは最初からわかっている。
目先の課題を追うのに精一杯な経営者。そういう方々がこの取り組みに向き合おうとしても、途中で力尽きてしまうことが多い。
刺さる相手は、もともと「組織を根本から変えたい」という問題意識を持っている経営者だ。そして実は、同業の社労士の方から
「こういう考え方があるのか」と関心を示されることも少なくない。
🔳現実の壁は、実に厚い
皆さんは信じられないかもしれないが、日本の企業の75%は従業員10人未満だ。(総務省・経済産業省の令和3年経済センサスによる)
プレイングマネージャーどころか、社長が営業も現場も管理もすべて担っている。組織変革に向き合う時間が取れない。
仮に社長が本気になっても、その思想を咀嚼して現場に落とし込める「真の二番手」がいない。
こういう企業が大半の中で「組織カルチャーを変える」と言っても、土台となる組織自体がほぼ存在しない。
自分でも時々思う。
「これは絵に描いた餅ではないか」と。
🔳それでも変化は起きている
確実に変わってきた会社がある!
セミナーなどで、こうした話題に関心を示して欲しいと暗に誘いをかけると、以前より明らかに反響が多くなってきた。
年間の自社研修プログラムを組み、継続的な社員の学びの機会をつくる会社も少なからず増えてきている。
そして何より感じるのは、経営者の視野の変化だ。かつては目の前の緊急事項に追われるばかりだった会話が、
「5年後、10年後にはどんな会社にしたいか」「どんな人材が育てば組織が変わるか」という問いへとシフトしてきている。
緊急性の優先から、中長期な重要性への関心。これは小さなようで、実は経営者の思考の土台が変わってきているということ。
劇的な変化ではない。また「生まれ変わった」などとは到底言えない。何年もかけたごく小さな積み重ねに過ぎない。
ただ、Cultureという言葉の語源は「耕す(Cultivate)」だ。農業と同じで、今日播いた種が明日芽を出すことはない。何年もかけて
土壌を変え、やっと小さな芽が出る。その芽を「たいしたことない」と見る人もいるかもしれない。しかしその芽がいつか幹になる。
組織とはそういうものだと20年以上実務に向き合ってきて、ようやく確信できるようになってきた。